アウトプット中心への切り替え
気づき
今まで英検の指導はなるべく「読む、聞く、書く、話す」の4技能のバランスをよくして、資格の獲得だけでなく本当に使える英語を身につけてもらいたいと思ってきましたが、最近自分の言っていることと行っていることが矛盾しているのではないかと思い始めました。
10月に英検試験が行われるのですが、直前の対策としてライティング中心のレッスンを行っています。
リーディングにはかなりの時間を費やしてきて短期間でこれ以上成果を上げるのは難しく、比較的に点数アップが可能なライティングに焦点を当てているのですが、生徒さんたちは最初文章の構築やライティングスキルに戸惑うものの、何回かやっているうちに段々できるようになり、むしろ新しいライティングの課題に喜々として取り組んでいるようにさえ思われます。
奇跡のリカバリー
実際、最近英検に合格している生徒さんの多くが、本来得点を稼ぐべきリーディングで点を落としてもライティングで高得点を稼ぎ合格というパターンが増えてきました。
私はそれを「ライティングによる奇跡のリカバリー」と半分揶揄した気持ちで見ていました。

たまたま自分にあった題材が出たのでうまく書けただけという見方です。
実際、私が1級に合格した時も試験前に飲んだ冷たいジュースが災いしたのか、試験中にトイレに行きたくなり半ば集中力をなくし、特にリスニングはひどいものでした。
ところが、たまたまライティングの題材が「アメリカが世界のリーダー的役割を放棄しようとしている今、日本はどのような態度でのぞむべきか?」といった内容で、私のピンポイントにはまりかなりの高得点を取ることができ、合格ラインぎりぎりで受かることができました。
自分の経験から生徒さんたちの成功も「奇跡のリカバリー」とまるでまぐれで合格したかのように捉えていました。
苦手意識
ライティングをもっと重視すべきなのに何故リーディング主体の教え方になってしまったのか?それには2つの理由があるようです。
一つは私自身、というよりかは我々の年代の英語学習者が持っているアウトプットへの苦手意識で、書いたり話したりすることは今一つ自信がないということです。
私たちの英語学習が単語を覚えることと英文解釈中心に行われてきて、リスニングの教材は時代と共に充実していきリーディングとリスニングは1人でできるようになったけど、ライティングとスピーキングは誰かにチェックしてもらわなければできないという苦手意識が依然強く、アウトプットを敬遠し自分でできるリーディングに偏ったと思います。
鬼畜米英?
もう一つの理由は「帰国子女の生徒さんに対する対抗意識(?)」といったものでしょうか。
別に帰国子女の方に憎しみを感じているわけではありませんが、「彼らがライティングとリスニングでほぼ満点を取って英検に合格するなら、我々は難しい単語をしっかり暗記しながら、面白くもない英文の解釈に邁進し、一矢を報いましょうぞ!」という、さながら太平洋戦争時の「鬼畜米英には竹やり戦法で!」みたいな屈折した英語への取り組み方がどこかにあるのかもしれません。
邪鬼払い
考えてみると教える側の一方的な嗜好で生徒さんへの指導を少し歪めてしまったかもしれない結果かも知れません。
海外での英語経験も長いし、会話もライティングもそれなりのアウトプットは十分できるつもりですが、レッスンとなると「リーディングへの偏り」と「帰国子女に対する一歩的な劣等感」という邪鬼がちょっかいをだし、生徒さんの望むレッスンの邪魔をしているみたいです。
ここはお祓いでもしてもらい、「本当に生徒さん達が伸びるレッスン方法」にシフトチェンジをしていかなければなりません。
英検の内容でリーディングの比重が下がるようですが、英語本来の学習方法に目を向けさせる実に正しい方針だと思います。(最初は一般受験生には不利だとnarrow mindedでした、すみません)