気づいていた?気づかないふりだった?
質問を受けました
最近、それまではあんまり英語に関心がなく、レッスン中もほとんど質問をすることのなかった生徒さん数人が繰り返して質問してくれるようになりました。
そのちょっと前ごろから随分と理解が上がってきたなと思っていたのですが、少しずつ英語がわかって面白くなったのかしらと勝手にその理由を考えたりしています。
自分のことを考えてみてもそうなのかなと思います、確かに。
勉強でもスポーツでも仕事でも、今まで自信のなかったことが少しできたりわかってきたりすると、別にわざわざ聞かなくてもよいことを友達や先生に聞いていたことがありました。
私の場合は多分自己顕示欲のなせる業で、純粋に興味や関心が高まったからではないとは思いますが、その生徒さんたちの場合は不純な気持ちからではなく、本当に少し分かってきたからだと思います。
彼らに英語を教え始めてから2年程たちますが、最初はひどいもので理解度も低い、レッスンへの関心も集中もとんでもないもので、私的には若干辟易していました。
そんなレベルから始めて、何とか伸び始める兆しがやっと見えてきた、継続とは力なりとはよく言ったもので、まずは途中で絶対やめないこと、だらだらでもいいからとにかく続けることの大切さを彼らに教えてもらいました。

やっぱり話してみたい
前からしなくちゃいけないなと思っていたことに、レッスンの中でなるべく会話の時間を増やすということがあります。
文法の説明を聞いたり問題集を説いたりするだけでなく、習ったことを使って自分のことを紹介したり、相手のことを聞き出したりすることが英語を学習する興味や意欲を高めていくことは分かるのですが、これがなかなかできないのです。
【言い訳 1】
ほかにこなす内容が多くて時間が取れない。
【言い訳 2】
生徒全員が本当に興味を持ってくれるのか、モチベーションアップにつながるのか分からない。
【言い訳 3】
会話レッスンにはそれなりのレベルと準備が必要。どれも自分勝手な理由からですが、どうもレッスンでの会話多用に二の足が引けていました。
ところが、先週中学生のクラスで思ったよりもレッスンの進度がよく、終了までに15分程度余裕があったことから、全くの準備無しで生徒さんたちに自分たちの趣味や友達の紹介など好きなことを話してもらいました。
私からの質問に対し最初は戸惑いながらも何とか英語で表現しようと喜々として話そうとしていた彼らを見て、自分が間違っていたと痛感しました。
彼らは英語を使って話してみたかったようです。
私だって初めて自分がアメリカ人と会話し、それが通じた時の喜びで英語にかかわるようになったのですが。
さてこれからは
これら二つの気づきをベースに、どのように生徒さんが質問をしてくれるようなレッスンをしていくかと、もっと会話のシーンを取り入れたアウトプット型のレッスンに代えていくことが課題です。
いずれも、もっと考えたり研究したり時間のかかることで私的には益々プライベートな時間が減りますが、今までのことを反省し一歩前に進むことにします。