ぬるま湯English
生の英語への苦手感
かなりの年月にわたり英語に親しんできましたが、どうしても克服できないことがあります。
それは「生の英語への苦手感」です。
私が日頃使っている英語の教材のほとんどは会話にしろ、メッセージ文にしろ、先ずは原稿なり台本があり、それをネイティブスピーカーのスタッフの方が読んでいるもので、聞いて理解するのは内容の差にもよりますが比較的分かりやすいものです。
英検やTOEICのリスニング問題も、読まれているものだという安心感もあるせいでしょうか、映画や台本無しで進められるTVのトークショーなどと比べるとはるかにわかりやすいと思います。
映画にしろTVのドラマにしろ、台本に基づいて俳優さんたちが演じられているのに、今になっても聞き取ることが難しく、ついついわかりやすい英会話テキストやTOEICのリスニング問題中心の学習になりがちです。
これは私の性格や勉強方法からくる結果なのでしょうか?
安きに流される
長い間、今はもう休刊となったALC社の「English Journal」と、朝日出版社の「CNN
ENGLISH EXPRESS」という2つの月間英語雑誌を購読していましたが、どうしても後者の「CNN ENGLISH EXPRESS」のニュースを主体とした内容の方が聞きやすく、生の
インタビューを主体とした前者の「English Journal」は敬遠がちになりました。
ひどい時は、English Journalに全く手をつけない月もありました。
映画俳優や著名な方々のインタビューで読んでみると内容は面白いのですが、とにかく聞き取りにえらい苦労をするのです。

勿論、CNN ENGLISH EXPRESSにもインタビューもあるのですが、ニュース主体という先入観があるのか、English Journalよりもお気に入りでした。
インタビューの背景や日本人にはなじみの薄い出来事などの知識がないからなのか、原稿を読むのではなく普段着のままの会話に慣れていないのか分かりませんが、安きに流されていました。
封印
ニューヨークに駐在している時に、知り合いの方で在米20年以上の方が「最近やっとテレビのコメデイー番組を見て素直に笑えるようになった」と自嘲的におしゃっていたことを覚えています。
映画やドラマもさることながらコメデイー番組も難しいのです。
どれも台本はあるはずでセリフという形で表現されているのですが、まだ理解に苦しんでいます。
駐在時に現地の社員やお客様と英語でコミュニケーションしていたと自負している私ですが、それはいつも同じ内容で、聞き取りやすくて話しやすい英語でのコミュニケ―ションで、ぬるま湯の中で英語を使っていただけで、わからないものからは距離を置いて自分から入っていかなかっただけなのかもしれません。
とにかく、今まで慣れ親しんできた教材や学習法はしばらく封印して、聞き取りにくくて、わかりにくい英語に足を突っ込んでいかなくてはと思いますが・・・
洗礼
シンガポールを無事に引き払いオーストラリアの最大都市であるシドニーに着任しましたが、天候の素晴らしさや風光明媚な土地に感動し、水泳選手の英語のことも頭から離れ、順調にオーストラリア駐在生活が始まりました。
最初は現地の社員も慣れない私に気を使ってか、普段聞きなれているのと大差ない英語で接してくれたので、「何だ、OZイングリッシュ何するものぞ!」という楽な気持ちになりホッとしていました。

ところが、ついにOZイングリッシュの洗礼が始まってしまったのです。
ある程度社内にも慣れてお得意様への挨拶で、シドニーだけでなくメルボルンやブリスベンなどへの出張が始まると、社員も慣れてきたのか私を試し始めたのか、saleが「サイル」good day が「グッダイ」といたオーストラリア独特のaをai(アイ)と発音する会話が連発されるようになりました。
さすがに化粧品会社なのか若いお兄さんたちが使う、G’ day mate(グッダイマイト)やTa(ありがとう)はないものの、販売会議では「サイル、サイル、サイル」と販売部長がからかい気味に連呼したり、テレビのドラマをみてもよく理解できず、しばらくは会話も上の空状態が続きました。
トラウマ
これはその後の私の英語学習へのトラウマとなりました。
最初驚愕した「OK了!」のシングリシュも慣れてしまえば自分でもOK了!や独特のアクセントもある程度使いこなしていましたが、決して, G’dayやサイルといったaをaiと発音することはその時も今でもありません。
その時まではイギリス英語の聞き取りに苦労していましたが、OZイングリッシュはその比ではなく、今でも苦手感ダントツ1位です。
今でもTOEICのリスニングで間違える会話やメッセージ問題のほとんどはOZイングリッシュで、深く私の中でトラウマとなり距離感を置きたいという気持ちで、苦手感を克服しようとも思わなくなりました。
困ったことです。