英会話学校②
人生最大のイベント
さて、私にとってはそれまでの人生の中で最大のイベントである初めての渡米が始まりました。
大学1年生の春休みを使ってのことでしたが、運転免許を取ったばかりの友人に羽田空港まで送ってもらいました。
成田空港がオープンする前の話で、初めて乗った飛行機もPANAMで、乗った機種がボーイング747、いわゆるジャンボジェットでした。
それまでに飛行機に一回も乗ったことのない私にとってまさにお化けのような機体で、こんなものが空中に浮くなどとはとても信じられなかったことをよく記憶しています。
その後、何百回と飛行機にお世話になりましたが、その時から今に至るまで飛行機は苦手で、離着陸のたびに手を握りしめひたすら無事なことを祈っていました。
ミニ留学
機内ではミニ留学仲間の大学生達と楽しい時間を過ごしていました。
いざサンフランシスコに到着という際に、霧が立ち込めている空港を見ると恐怖が再び鎌を持ち上げ、怖いなどとはおくびにもだせませんでしたが…両手をしっかり握りながら体を固くしていた自分が今更滑稽に感じられます。
ともかく無事に着陸しタラップをおりた時、「ここがアメリカか!」と感激したのは確かでした。
これが癖になり「どうしても海外で仕事をしたい」という思いにつながり、稚拙ながらも英語に力を入れていくことになったと思います。

思い出のサンフランシスコ
「思い出のサンフランシスコ」という歌を昔の国際部時代の部長がカラオケで十八番として気持ちよさそうに歌っていましたが、私にとってもサンフランシスコはそれこそ思い出の街でした。
何しろ初めての異国の地であるとともに、今は随分と荒れて面影は薄れたようですが、当時のサンフランシスコは風光明媚でアメリカらしさに少しだけアジアの雰囲気が漂う正に異国でした。
Union Squareからケーブルカーに乗りフィッシャーマンズワーフまで行って観光気分を味わったり、数日後に英会話を習うことになっているUCバークレーにBARTと呼ばれる地下鉄で下見に行ったり、とにかく見るもの聞くものすべてが新鮮で、性格的にムードに弱い私は1日でアメリカ贔屓となり、完全に舞い上がっていました。
その10年後にニューヨーク駐在となった時も、仕事で年に2~3回はサンフランシスコに来ましたが、その時も早朝にフィッシャーマンズワーフに散歩に出かけていました。
アメリカへの強い思いはサンフランシスコから始まりました。