NY駐在①
憧れのNY駐在だったのに
私が初めて駐在員として赴任したのはニューヨークでした。
駐在する前から現地法人の地区担当として何度も出張したことはありましたが、実際に住んで仕事をする場所としてのニューヨークは想像をはるかに超える異国の地でした。
日本での子供たちの学校のきりが付く3月を待たずに、私は正月明けに単身乗り込んだのですが、着任早々ひどい風邪にかかり1週間近く寝込んでしまったことを鮮明に覚えています。
妻が来てから選んでもらおうと家具や電化製品は最低必要限の物を買うのにとどめ、ベッドとテレビだけがある2ベッドルームのアパートで、高熱にうなされる惨めな駐在員生活のスタートでした。
食卓もなく、確かテレビが梱包されていた段ボールの箱をテーブル代わりにおかゆをすすりながら、どんなことになるのだろうと不安を感じながらの駐在員生活の始まりでした。

家族の犠牲?
4月になると家族が合流し、家具も電化製品もそろい人並みの生活環境になってきましたが、仕事と生活に慣れるのには家族ともどもしばらく時間がかかりました。
私はハワイでの研修期間が1年あったものの、妻は海外は新婚旅行以外は全くの経験ゼロ、子供たちに至っては何故自分たちが日本の友達と別れてニューヨークに来たのか不満と不安のまじりあった毎日の始まりでした。
希望はしたものの「駐在を希望したのは本当に家族のために良かったのかしら?」などと自問したこともありました。
ようやくスタートラインに
とは言うものの、子供たちも学校(日本人学校ですが)に慣れ、妻も運転免許をとり車を運転し買い物や子供の送り迎えができるようになると、ようやくアメリカでの生活に溶け込んでいきました。
そんな中、私の方もアメリカ中のアジアンコミュニティー(チャイナタウン、コリアンタウンなど)での化粧品店開拓のミッションが与えられ、ようやく腰を据えて仕事に取り込めるようになりました。
当初はアメリカで何故アジア担当なのか疑問を持ちましたが、実はこの仕事こそがその後の海外での化粧品市場開発の原点となりました。
この続きは次回以降に回を重ねてご案内していきたいと思います。