NY駐在③
英語だけじゃ無理
当時、日本では販売店のオーナーや従業員さん達には月1回の美容セミナーと言うものがあり、彼女ら(今は彼らもいるでしょうが)は、各地にある販売会社に集められ毎月新製品や美容知識についてのトレーニングを受けていました。
当時のアメリカでも同じ手法がとられていましたが、毎月はとっても無理で精々半年に1回、NYとLAのオフィスで英語によるセミナーを受講するにとどまっていました。

最初のうちは気が付かなかったのですが、店数が増え地域もNYやLAのほかにあるチャイナタウンやコリアンタウンに販路が拡大してくると、何か不具合みたいなものを感じ始めました。
それは言葉でした。
当時は本社が作る英語版の教育マニュアルや、お客さんに手渡す英語版のリーフレット類しかありませんでした。
それを私たちのスタッフは英語も堪能なものばかりで、教える側には何の問題もありませんでしたが、教えられる側には大問題でした。
そもそも中国系コミュティーといっても広東語を主流とする香港系と、いわゆるマンダリン(北京語)を主流とする大陸系と台湾系、それに韓国系と日系、さらには台頭し始めのベトナム系が加わり、いくら共通語とはいえ英語だけで教育を行っていくのには限界がありました。
しかも、店の拡大はLAやNY近辺ではなく、西海岸ではサンフランシスコ、シアトル、サンディエゴ、東海岸ではボストン、フィラデルフィア、ワシントンD.C.、中西部ではシカゴ、デトロイト、アトランタ、ヒューストン等々、中国系や韓国系の移住者が住むところには大なり小なりのアジアンコミュニティーが出来上がり、飲食店やアジア系スーパーのほかに教育関連やファッション関連の店舗、そして化粧品店もオープンされていました。
そのおかげで売上は面白いほど上がっていったのですが、ある大きな問題を含んでいたのです。
その問題とは?